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浄土真宗 一向山専念寺伊勢堀院 BLOG

鹿児島県志布志市の寺院

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関東二十四輩第三 

浄土真宗本願寺派
光明山無碍光院無量寿寺は
前回のブログで紹介した二十四輩第三の順信のお寺です 
順信は「鹿島門徒」を率いました
正式には順信房信海といい、鹿島神宮の宮司の息子でした

無量寿寺参道

結構急な階段をのぼると山門があります

無量寿寺参道階段

このお寺は「幽霊済度」で知られています
無量寿寺はもともと三論宗のお寺で無量寺という寺号でした
当地に住む、地頭の村田刑部の妻が
難産のために19歳で亡くなり刑部は妻を境内に埋葬しました
ところが、若くして亡くなった妻はその迷いの姿をあらわします
無量寺の住職は幾度か済度を試みたが、ついには寺を捨ててしまいます
ある日、村人は稲田より親鸞聖人が鹿島神宮へ参詣のため付近を通ることを知り
そして、聖人に刑部の妻の済度をお願いするすることになります

無量寿寺山門

親鸞聖人は鹿島神宮の帰りに弟子の順信を伴い、この鳥栖に立ち寄ります
そして人々に多くの小石を集めるよう告げるのです
聖人自らその小石に、一石に一字ずつ浄土三部経を二万六千六百十二字を書写し
幽霊が出現する墓に埋めて、ねんごろに念仏を唱えました
するとたちまち恐ろしい幽霊は菩薩の姿に変じ、無事往生を遂げた
そういう話です
聖人の「弥陀のたのむ こころをおこせ皆人の かわるすがたを見るにつけても」
という歌はこの時のものとされています

無量寿寺本堂

そして、聖人はこの地に三か年滞在した後、
弟子の順信に寺の後を任せ、そしてこれまでの宗旨を浄土真宗とし
寺号「無量寺」を改め「無量寿寺」としたということです

無量寿寺内陣

無量寿寺は創建以来この地を動くことはなかったということです

付近には真宗大谷派の「富田の無量寿寺」もあり
順信の隠居寺と伝わります
同様の「幽霊済度」の説話が残ります
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