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浄土真宗 一向山専念寺伊勢堀院 BLOG

鹿児島県志布志市の寺院

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常陸国一の宮 鹿島神宮 

親鸞聖人が、流罪赦免の後、常陸の国の稲田に向かわれたのは
今日、かなりその理由がはっきりしてきています
まず、昨日のブログに書いたように、
頼りになる九条氏の荘園が近くにあったこと
それと、常陸の国が生産力が高く、豊かな土地であったことなどです

そして、おそらく『教行信証』等、執筆のためには豊富な経典があった
ということもあると思もわれます
当時の神宮は神仏習合、
常陸一の宮の鹿島神宮には膨大な経典があったんでしょうねぇ

鹿島神宮楼門
     楼門

稲田神社の敷地内にあった草庵で日常的にはそこの経典を
そして、それでは補えない経典や、都の新しい情報は鹿島神宮へ
その他、筑波山には当時中禅寺というお寺があり貴重な経典が閲覧できた
その苦労をへて『教行信証』は出来たのです

大谷派東本願寺の坂東本『教行信証』は100%真筆と、
今井雅晴先生が講演でおっしゃっていました
決定的理由は、筆跡が日野氏の御家流と一致するからだということ

そう、聖人は9歳までに、日野家の一員として、徹底的に教育を受けていたということです
びっくりですよね

鹿島神宮拝殿
     拝殿

筑波山の「餓鬼済度」の逸話や
二十四輩第四の乗念の如来寺の「浮き足の太子像」
霞ケ浦周辺には聖人の伝説がたくさんあります
弁円の板敷山の話も鹿島神宮からの帰りに起きたのかもしれません

ここ、鹿島神宮にも聖人の「お経石」の伝説もあります

鹿島神宮境内
     奥宮への参道

鹿島神宮は藤原氏ゆかりの神社です
武光誠氏の『知っておきたい日本の神様』では
鹿島の祭神の武甕槌神を日本神話に取り込んだのは
「代々王家の祭官をつとめた中臣氏ではないかと考えられる
中臣氏は東国のあちこちに領地をもっていた」としています

鹿島神宮奥宮
     奥宮

そして関東二十四輩第三の順信は、
「中臣氏とともに鹿島神宮大宮司を排出する大中臣氏(姓は片岡)で
親鸞に帰依する前は片岡信親と称し」(『特別展親鸞』茨城県立美術館)
聖人面受の弟子として「鹿島門徒」と呼ばれる門徒集団を率いることになります
そして順信の鹿島門徒の拠点となったのが、無量寿寺です

鹿島神宮要石
     要石

参道の和食店の女将さんが神宮のパワースポット「要石」を教えてくれました

今日は、龍谷大学の松島教授に、
「会計士・税理士になりたいという学生がいるから相談に乗ってあげて」
という指令をいただき、さっそくその学生さんとお話ししました
私は、最近まで会計系のコンサルティング会社をやっていたので
業界のことはよく知っているのですが、
試験も厳しいですが、そのあとの就職も厳しいのが実情

「要石」の御利益が、彼にも届けばいいのですが・・・
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