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浄土真宗 一向山専念寺伊勢堀院 BLOG

鹿児島県志布志市の寺院

関東二十四輩第六 

妙安寺は二十四輩第六の成然(常然)を開基とします
写真は真宗大谷派一谷山大法院妙安寺です
昨日のブログで本願寺が東西に分立した際
東本願寺に親鸞聖人像を献納したとされるお寺の一つです

妙安寺本堂

成然は俗名を中村頼国、関白九条兼実の一門とされています
下総国上幸嶋郡境に流されていた時に
親鸞聖人が稲田(稲田の草庵=現在の別格本山西念寺)にいることを聞き、
聖人を訪ねて門弟となったとされています
(『親鸞の風景』茨城新聞社)

妙安寺開基成然
   成然座像

本山に聖人像を献納した際に「御引替の御影」を賜り、
これが、献納した聖人像の代わりと伝えられています
境内をでた南側に成然のお墓があります

御引替の御影
  「御引替の御影」(非公開)

昨日のブログで妙安寺は3か寺あると記載しました
それは次の経緯でそうなったとされています
「成然は一ノ谷に妙安寺を構え、やがて三村に隠居寺をたてる~
成然は聖徳太子から夢告を受け、
三村にある太子ゆかりの最頂院葛城寺を再興し妙安寺と改める
天正18年~上野国厩橋に移転した」
(『特別展親鸞―茨城滞在20年の軌跡―』 茨城県立歴史館)

妙安寺山号

つまり、一ノ谷の妙安寺が最初で
次が、三村、そして前橋と移ったのですが
その際に一ノ谷も三村も寺として残ったということなんですねー

ちなみに成然坊は「玉日姫伝説」があったころは
玉日姫の兄という説もありました
(『親鸞のふるさと』三彩洞美術店)
史実が明らかになるにつれそのような伝説は取り上げられなくなっていったようです

何れにせよ、成然は幸嶋(猿島)門徒を率い
東国の真宗布教において重要な役割をはたしました
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