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浄土真宗 一向山専念寺伊勢堀院 BLOG

鹿児島県志布志市の寺院

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東福寺三門 

こちらは東福寺の本堂、仏殿です
まあ東福寺に参拝した方なら、どなたでもご存知と思います
しかし、この高さから、仏殿をご覧になったかた、居ます?

そう、これは東福寺の三門(三解脱門)からの光景です

東福寺本堂

いま東福寺は、5月15日まで、特別公開を行っています
特に、三門の中は感動ものです、東福寺ならではの名宝がたくさんあります

(ちなみに、「東福寺境内には桜は無い」ということになっていますが
一本だけ境内にあることを教えてもらいました、みなさん、探してみてください)

次の写真は、臥雲橋から見た、通天橋
新緑もとてもきれい、紅葉に負けていません

東福寺


古寺が好きな方にとって
今年の、京都のゴールデンウイークは見どころがいっぱいです

この後、銀閣にも行ってきました
こちらも、本堂、東求堂が一般公開されています
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比叡山延暦寺東塔 

伝教大師が建立された比叡山延暦寺、
日本の仏教の中心となったお寺です

実は、初めて訪れました
車でないと境内が広すぎるので、
なかなか訪れる機会がなかったのです

悪天候のため、結局、東塔しか拝観できませんでしたが
日本仏教の聖地、厳粛な気持ちになりました

延暦寺東塔大講堂
        大講堂

大講堂には、比叡山で学ばれた高僧、宗祖となられた
祖師方の肖像画が並んでいました

法然、親鸞、栄西、道元、日蓮と
日本仏教の偉人の多くを排出した寺院
修行の地だけでなく、学問の場として総合大学の役割を果たした
日本になくてはならないお寺です

延暦寺東塔根本中堂

根本中堂の中では、僧侶の方にご本尊のご説明だけでなく
御法話まで、いただきました
通常拝観でこのように法話に触れることができたのは、ここが初めてです
寺院としての姿勢を感じました(さすが比叡山!)

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日野誕生院 

日野誕生院、親鸞聖人が生まれた土地とされ、
江戸期、西本願寺が日野家の墓所のあるこの地に堂宇を立てました

この堂宇は、始めは「有範堂」とされていましたが
開宗700年を記念して、一千坪の土地を購入し
日野誕生院として、建立されました
(『親鸞のあしあと-生涯と旧跡紀行-』新妻久郎)

日野誕生院

この境内は、西本願寺の飛地境内です
聖人が、青蓮院で得度する際に、詠んだとされる

 明日ありと思うこころのあだ桜
  夜半の嵐の吹くぞ悲しき

という、石碑も境内にありました

本願寺の得度は、夕暮れ時に行うのは
青蓮院にて、親鸞聖人がその刻限にこの歌を詠み、
慈円に得度をねがったことによります

誕生院聖人和歌

もちろん、これらの説話は後からできたもので
現在では、史実を明らかにするのは難しいのですが
次の写真は、親鸞聖人の産湯の井戸として現在に伝わるもの

形として残すことも、信仰としては重要なのでしょう

誕生院産湯の井戸

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日野薬師 

日野家の菩提寺
真言宗別格本山法界寺
親鸞聖人のご誕生の地と言われています。

親鸞聖人は、日野家の庶子、日野有範の息子とされる説が有力です
勿論、異論は多く、「わからない」というのが正しいのかもしれません

しかし、親鸞聖人真筆の「教行信証」坂東本(国宝)の筆跡は
日野家の御家流で執筆されていることから、
間違いなく日野家の出であるというのが定説となっているようです

法界寺

ただし、親鸞聖人がこの地で生まれたのかというのは
やはり、「わからない」というのが正しいのでしょう

阿弥陀堂をご説明頂いた、僧侶の方も、そう言っておられました
私の質問に、三室戸寺の周辺で生まれた、
という説もあるということを付加えられていました

法界寺阿弥陀堂

しかし、この阿弥陀堂の、阿弥陀如来さまは
親鸞聖人は、おそらくご参拝しているはず
そう思えば、750年を超えて、
現在こうして同じ仏様を観ずることができることは
多くの人々の手を経て、歴史に耐え、今日があることで
まさに「有難し」という言葉がふさわしいと思いました

法界寺薬師堂

この御堂は本尊の薬師さま
非公開とのことでした

そしてその奥に、日野誕生院があります

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涙石 

薩摩の国は島津の時代、浄土真宗は
キリスト教と同様に禁教でした。

西本願寺の鹿児島別院の境内の一角には
その隠れ念仏者の慰霊碑があります。

本願寺鹿児島別院

次の写真がその慰霊碑となっている「涙石」。
役人に摘発された信者は、割れ木の上に座らされ、
そして膝の上に、この石をのせて拷問をうけたといいます。
もちろん老若男女の区別なく、
様々な方法で、屈辱的な拷問を島津は行なってきました。

鹿児島別院涙石

鹿児島には、「隠れ念仏」について多くの伝承があります
我が門徒のご先祖さま達も「片野の洞穴」という洞穴で
密かに「正信偈」を唱え念仏していた史話があります。

鹿児島は、今でこそ、真宗門徒が全国一多い県ですが
先人の苦難の道のりがあったからこそ、と
石碑を見つめることでした。


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