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浄土真宗 一向山専念寺伊勢堀院 BLOG

鹿児島県志布志市の寺院

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船鉾とだんじり 

今日、京都のまちを歩いていると、道沿いの倉庫の中から
このようなりっぱな船鉾が姿を見せていました。
さっそくのぞいて、写真に収めました。

だんじり

奥には十二灯があり
中にいた方に「だんじり」ですか?
と聞いたら、「そう」ということで、
「いまひえ」のお祭りに向けて展示しているということでした。

「いまひえ」ってどんな字を書くのですか?
という問いに、この文字ということで

新日吉

車を指さして教えてくれました。
「新日吉」とかいて「いまひえ」
新日吉神社のことだということです。
次の休みの日がこの神社のお祭りとのこと。
すべて、昔の儘の材料をそのまま手入れして使っているということです。

一刀彫

これは一刀彫とのこと
このような技術は今はもうないのではないか、ということです。
頑張って文化と伝統を守っているという話に、感心してしまいました。
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山神橋 

志布志の山奥に、
地元の方のみが知る石橋があります。

この周辺には、多くの石橋が有るのですが
今回新たに確認されたものです。

おそらく、この掲載がWEB上では初公開と思います。

山神橋

非常に状態が良く
ほぼ完全な形で残っています。

今回、調査を行なっている方たちと
地元の出身者の方たち共に
同行しました。

山神橋2

橋の表示を掘り返して
橋の名前が確認されています。

橋の名前は「山神橋」
名前の由来は、橋の傍に山神様が祀られているからでしょう。

山神様


今後の調査と、歴史資料としての保存が注目されます。

今回の調査隊の様子も載せておきます。
平均年齢は???みなさん元気です。(;゚Д゚)!
探検隊?

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NPO竹と緑訪問 

京都深草の地に、NPO法人深草竹と緑という、
環境活動に取り組む組織があります

竹炭の作成や、団扇の作成などを取り組みつつ
竹林の整備や、不法投棄の解決など地域の環境問題を、
地域の資源である竹や農産物を取り扱うことで
人の手を入れ、改善を図っていくという
面白い活動を行っています

竹と緑

NPOの杉井理事長に、周辺を案内してもらいました
下の写真は、「竹藪」の状態
(竹藪の整理は、素人ではできないということです)

竹藪

次の写真は、整備された、「竹林」の状態
美しいですよね
この差は、大きい
しかも、竹は手を入れなければ、次々に森を破壊していきます

竹林

「竹は、もともと日本にはなかった」ということで
その竹は、利用するために日本に中国から持ち込まれたといいます
そのためには、手を入れしっかりとした管理が必要です

「竹と緑」では、職人さんのもとで、何年も修行して
それで、職人の技を受け継ぐとともに、
地域産業として、地域活性化のために取り組まれているということです

団扇作り

この写真は、団扇を作成の図
真剣そのものです

地域循環の産業は、地域の中から生まれるんでしょう

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志布志湾開発 

7月16日に、龍谷大学「ともいき荘」にて
私の所属する研究会主催のの講演会を行いました

私の企画「志布志湾開発と研究者」というテーマで、
明治学院大学の熊本先生をお招きして講演をお願いし、
そして討論を行いました

研究会

「研究者と当事者性」というものは非常に難しい問題です
しかし、問題解決にその視点がなければ、
理論が一人歩きしてしまう、
もしくは、当事者として関わったからこそ、
現実性のある、主張ができる・・・
そういうことがいえると思います

そして、研究者にはそういう姿勢が必要と、改めて感じた研究会でした

研究会講師

熊本先生は、91年まで、15年にわたり志布志湾開発に向き合い
毎年、多いときは20回以上、志布志の地を訪れ、
研究とその解決に努めてこられました

ここまで問題に真剣に取り組める研究者はいないでしょう
最後に、志布志の地での再開をお約束して
お別れしました

中村尚司先生

NPO法人JIPPO(本願寺設立)専務理事、中村尚司先生に
コメンテーターとして参加してもらいました
中村先生は、西本願寺の別院や寺院とともに
福島の原発問題に端を発した被災者へのボランティアを精力的に行っています

中村先生のコメントは、
地域開発の問題と原発という、今日的な問題についても深められたものでした
おかげさまで有意義な研究会ができました

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志布志湾 

子供のころ、そう小学六年生から中学二年生までの三年間
遊び盛りを過ごした志布志湾

東串良町の海岸に30数年ぶりに訪れてみました

志布志湾侵食1

かつてこの地は、新大隅開発に揺れた場所
計画がそのまま実行されたら、
この湾全体を埋め立て、臨海工業地帯が出来る予定でした

志布志湾浸食2

しかし、郷土の自然を愛し、公害に反対する住民の運動によって
なんとかこの砂浜は残されることになりました
しかし、それにしても無残な姿になってしまいました

あのころは、浜辺で遠投してキスやグチ(いしもち)がよく釣れました
夕方になると、浜辺は釣り人でいっぱいになって、
まっすぐに、竿を投げなければお祭りしてしまう
そういう浜でした

志布志湾石油備蓄基地

しかし、今では、その浜に備蓄基地ができ
それ以降、砂浜が浸食し
消波ブロックの山が海岸を埋めています

同世代の開発(苫小牧東部開発、むつ小川原開発)は
すでに莫大な負債を抱え、破たんしました

一方、志布志湾開発を阻止した粘り強い住民運動は
湾に面する町の財政破綻を救うことにつながりました

もう元に戻すことができないこの海岸
いろいろな人々の思いが伝わってきます

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